先週、僕が高校〜大学の年代でやっていたマーチングバンド(Drum Corps)の今年度の世界大会(と言いながら、基本北米)が終わりました。懐かしくなって、持っている限りの音源やビデオを、少しずつ見ているのですが、そこで気づいたこと。
個人的な感情も入っているので、冷静にフラットに見れているわけではないと思います、ただそれを差っ引いても「昔のほうがなにか訴えてくるものが有るなぁ」と思ったりします。明らかに今のほうが(古いものだと30年以上前の物なので)楽器もいい(はず)ですし、いまは電子楽器が使えたり、アンプやスピーカーが使えたり、、、と表現の幅も広がっていますし、録音技術は桁違いにイイと思うのですが、なんだか訴えてくるものが違う、そんな気になります。
なんでだろうなぁ、と考えていたら、表題にたどり着きました。昔、Drum Corpsと言うのは基本的には4声(4種類の管楽器)に打楽器群、という構成でした。選択肢の少ないその制約の中で「如何に感動を届けるか」と言うことに集中し、それが故にブラスバンドやオーケストラや他の室内で聞くようなバンド形式のものと大きく違う形になったんじゃないかな、、、と。不自由だから”こそ”工夫が生まれ、表現の幅が少ないから”こそ”それを乗り越えるための努力をする。逆に、自由を手にしてしまって、いろんなことができるから”こそ”なんだか魂的な部分が薄くなってしまったのかな。。。と思ったりしました。ビジネスでも制約がしっかりハマっている状態だから”こそ”でる力をもっと大事にしたいな、と思いました。忘れず、精進します。
最後に少しだけ、2014年のやつですが、動画を(2014年のチャンピオン)
そんでもってこれが個人的にはベストショー(実際にはこの年の2位)