何を持って「普通」とするか。

昨日は某所の閉所式。再生フェーズの中で、自分たちの意思決定とは別に、旧経営陣の意思決定で自主的にビジネスを閉じる。と言うパターンも有る。

某先輩が最近店舗型のビジネスをやっていて、その中で「徹頭徹尾”人”だよ。」という話をしてくれていたので、気をつけていることでも有るが、それ以上に「思い入れ」は当人たちにとってとてつもない価値だよな。と個人的に思うので閉所式にはぜひ行かないと。と思っていたので僅かな時間だけでしたが混ぜてもらう。

ただ、実は口々に「有田さんが来るなんて(意味合い的には本部の人、社長が来るなんて)思わなかった」とのこと。今までどんなサポート体制でお店を運営していたかが垣間見える一言。何を持って「普通」とするか、は本当に会社・人それぞれですが、僕は個人的に「挨拶」「気遣い」に類する部分は(あまり得意でない、という認識のもと)できれば厚めにケアしたい。と思うタイプ。結果、色んな人の想い、公式な場では見えなかったその人達の「素」が見えて非常に勉強になった。そしてその楽しそうな中で少しだけ悲しそうな姿を見るたびに頭が下がる思いだった。想いをつなげて、築いてもらった物をしっかり継承しないとな。そんな事を思いながら帰宅の途につきました。普通のレベルは高いほうが絶対いい。暖かい意思決定は特に「想像できる範囲で一番レベルの高い」方向で決めていきたいものです。