目の前のお客さまとのつきあいかたを考えさせられた一幕があったのでメモ。某R社に入社した当時「お客さまの事を考えたらDMなんて売れません」と言ってメンターを困らせた覚えがあります。。。今となってはすいません。間違っていました。という話です。(今回は長文です)
正確にはそれ単体が間違っていたのではないのですが、なんとも短絡的な思考だったなぁ、と反省です。というのも「どの視点」で先ほどの言葉を言ったかによって正解は全く異なる、、、というのが時を経てわかったことだからです。担当者・クライアントに取ってはそのDMで出会えるかもしれない人に期待を込めて、かつその期待値に払う金額が(たとえ高いとは思ったとしても)妥当であれば支払うべき価値のあるものですし、担当をしている僕としてはそこで最大の効果を返す。そうでないのであれば結果としてきっとクライアントはその商品は買わないはずなので、自分の短絡的な感覚だけを「ドヤ顔で」言うのはなんとも恥ずかしい話だな。。。と思い返しました。
自分がいる社内の内部的な話だけを見てしまうと(これはどんな会社でもそうだと思いますが)売上目標や商品ごとの力の入れ具合などあり、そちらに逆の意味で引っ張られて(会社の言っていることは「売り上げを上げろ」的なことしか感じられず、クライアントにとって何だか悪いことに聞こえしまうと)なんとなく大義がなく写ってしまい、上記のような発言になったんだろうな、、、というのが今から振り返るとフラットな評価かな、と自分で反省をしました。
その瞬間瞬間で、常にお客さまの事を考えて提案をしていたら、会社の意にそぐわない決断も当然出てくる。ただ、それを自分の裁量の中でやりくりし、自分が納得するいい仕事をし続けるためには、実は勝負はこの眼の前の案件ではなく、もっと前の、きちんと取るべき案件、クローズすべき商談をしっかりやっているか、に規定されるんだな。ということに改めて気付いたのです。当たり前ですが特にプラットフォーマーの場合、担当個人の目線では大義が有ることも、実際には隣の担当のクライアントからみたらNG(要はお客様を取られてしまう、という結果になるので)ということもまま有るわけで、全ての整合性が取れる、と言うのはほぼない、矛盾なんていくらでもある、と言うのは世の常だと思い、それすらも疑うようであればアーティストにでもなればいいんだな、というレベルだとは思う前提の上で、になりますが。
目標達成など、自分・会社が「やらねばならぬ」事に対して余裕があれば、ただただお客さまの為に、ありがとう、と言われるためだけに動けるし、そうでなければ自分や会社の存続のために、やらねばならぬことを先にやらざるを得ない。要は準備をしっかりして、やるべき時にやるべきことが「出来る」状態を創る。創りつづける。ということなんだな、と気づきました。
短期で志のバランスを取ろうとすると「できた・できる(からこの会社・人のジャッジはいい感じ)」「できない・できなかった(からこの会社・人はダメだ」という刹那的な何も生み出さないコミュニケーション・思考になりがちですが、長期でしっかり準備をして、お客さまに自分たちがいいと思う価値を届け続ける。という事を考えないと行けないんだな、ということを改めて言語化出来て、なんだかスッキリです。ほんと当たり前では有るんですが、、、。青臭く「それでも世の中のために、いっぺんの曇り無く、調整とかすら馬鹿らしい。」という場合は「自分でおやりなさい(なので僕は飛び出したんだと思います・・・)」という事で、それはそれなりの苦労を買ってすべきなんだ、と(強く強く)認識してやらねばですね。今日も一日、精進いたします。